インド国境
ラフティングも終盤になってきた。
約200キロのラフティングが終了。
後半はだらだらと下ってきて、早くおわらないかと思っていましが、終わるとなるとさびしくもある。
帰りはバスの上にボートをたたんで置く。出発。
今度はインド国境からカトアンズまでの1泊2日バス旅行。
今回の旅で一番疲れたかも。
座ったシートの窓は半開き。。。
シートは硬い。寝ようとするけど、道路状況はそんなによくないから、シート上でたまに飛び跳ねる。
そのとき、大事なものを落とした。
ラフティング中に撮ったカメラ。
流域の村人たちと撮ったカメラを落としてしまった。。。。
あ~ショック。
村人に現像して送る約束をしていたのに。
つづく
ネパールの荼毘
川に沿って、村がある。
2週間の川旅で、3.4回ほど荼毘の現場を目撃した。
河川敷に丸太のやぐらを組んで、そのうえに布で覆われたご遺体が置かれてある。
親族が集まり、火をつけた。
火葬だ。
初めて見た。
日本の場合、火葬場で遺体とお別れしたら、数時間後には骨になって火葬場から出てくる。
ネパールの現地の人たちは、ずっと見てるのだろうか?
つづく
困った忘れ物
2週間の川旅に忘れて困ったもの
2週間のラフティング中はずっと晴れていました。
そこで困った忘れ物が。
日焼け止めクリーム。
後輩の太ももが、真っ赤か。
日焼けで皮がズル剥け。
後輩は痛くて、けっこう神経質になっていたから、めんどくさい。
何、話してもツンツンしてるんだもん(笑)
「おっ、キレイな景色だなー!」て言っても
「いいすよね、狩野さんは。俺日焼けでそれどころじゃないっすから!」みたいな。。。。
めんどくさ。
探検部の合宿では1ヶ月くらいずっと一緒の生活。
些細なことで言い合いになったりもする。
めんどくさ(笑)
でも、それが友情を深めるんだよね。
つづく
ネパールの川旅
ネパールのラフティングはエキサイティングでたいへん面白です。
今回のラフティングでは、もうひとつ楽しみがありました。
食事と現地村人との交流。
食事は今回はコック(兼ガイド)を雇っているので、全部やってくれます。
朝起きたら、洗顔用にお湯をテントまで持ってきてくれます。
夜の食事はすごい楽しみ。
キャンプする村で食材を現地調達。
生きた鶏が手際よくさばかれていく。
チキンダルバートだ。
日本でいうチキンカレー。
ネパールガイドが「これ食え」と僕の器に、鶏の頭をぶち込んでくる。
さすがに食べられなかった(笑)
一緒に言った後輩は、口から鶏の足を出したり入れたりして遊んでる。
夜、飯を食ってると村人がキャンプに遊びに来る。
当時、日本人がくることはめずらしかったようで、一生懸命何かを話しかけてくる。
村人が家からわざわざ僕に写真を持ってた。
エンペラーエンペラーという。
何かと思ったら、明治天皇だった!
ネパールの電気もガスもない村に、明治天皇の写真があったのには驚いた。
続く
ネパールでラフティング
大学2年のとき、ネパールにラフティングに出かける。
はじめてのネパール。
モンゴルのブマラプトラという川の情報を集めるために、ネパールにはいきました。
ついでに現地のツアー会社をつかって、2週間約200キロのラフティングツアーに参加。
狙うはスンコシ川。
雨季の時期だったため、グレードがあがってる。
グレードとは、川の難易度のこと。
グレード1~6まであります。
グレード6というのは、航行不可能。
グレード5というのは、最高の道具・最高のメンバーとテクニックで、ラフティングができるギリギリの難易度をいいます。
(ちなみに世界クラスのグレードでいうと、水上の雪解け期ラフティングのグレードは3くらい。)
水上が3。
世界基準のグレードって、どんだけすごいんだか。
当時は、それに出会うのがすっごい楽しみでした。
スンコシ川で初めて世界基準のグレード5と6を見ました!
グレード5の場所は、5つくらいあって、そのうちの4つを下ることができました。
グレード5のひとつと、グレード6はポーテージ。
ポーテージとは下るのが危険なため、荷物やボートを陸にあげて移動すること。
すげー落ち込みと複雑な流れ。
すっげーーーー!!という言葉しか出ません。
ポーテージしたグレード5の瀬は入念にスカウティング(下見)しました。
ぶっちゃけ下れそうです。
が、もしフリップ(転覆)したときに流れたら、この後が怖い。
そのセクション下流は支流と合流します。
ネパーリーガイドいわく「そこで人間が流れにまかれると、浮かんでこない」とのことでした。
続く
ラフティングとの出会い
大学時代、僕は探検部でした。
ラフティングに出会ったきっかけは、探検部でした。
僕が入っていた探検部は、明治学院大学探検部。
その部活動にラフティングがありました。
そもそも探検部の活動は、山登り・冬山登山・沢登り・ケイビング・カヌー・ラフティングなどをオールマイティーにこなすものでした。探検部とは、その技術や部員などをつかい、自分たちにしかできないような探検調査や旅などをするサークルでした。
僕も結構オールマイティーにやってきたんですが、その中でもラフティングは熱心にやっていました。
毎年春に利根川でリバーベンチャー(通称リバベン)というラフティングの全国大会がありました。
僕たちの大学も毎年出場していました。
わが探検部の伝統で、入部したばかりの1年生を1年だけでチームを組ませ、大会に出場させます。
出るからには負けたくない。
毎週末、水上に通い練習しました。
1年生チームだけど、大会ではまあまあの成績が残せるんではないかという自信もありました。
が、
結果はビリから2番。
もともと僕はサッカーをしていたせいか、勝敗にはこだわっていました。
超くやしいーーーー
ここからラフティングに火がついたようです。
次回は、学生時代のラフティング海外遠征です。
ボートリペア
シーズン終わりの定番。ラフティングボートのリペア。
シーズン中はなかなか時間がとれないので、この時期にがっつり時間を費やす。
ボートを拭き、隅につまっている砂やごみを取り除きます。
その後はガレージへ。
ジャグスポーツの場合は、ラフトに空気を入れたままガレージで保管。
空気を抜くとその折り目から劣化してきますからね。
ガレージには冬、小動物が住み込んだりします。
毎春、ひさびさにラフトボートをガレージから出すと、小動物が越冬したあとがある。
今年はどんなアニマルが住むんでしょう(笑)
2008 ラフティング終了
今シーズン(2008)のツアーを終了しました。
来シーズンの始まりは、4月下旬を予定しています。
激流ラフティングは、雪解けシーズンの5月から6月です。
ぜひ、またご参加ください。
ありがとうございました。


